2008年08月19日

第45回「夏の文学教室」の5日目

第45回 日本近代文学館 夏の文学教室
東京をめぐる物語 part2 5日目(2008年8月1日)

1時限目:安藤宏「太宰治の東京―風景としての<私>」
内容:太宰の作家活動は15年であるが、その内、東京での活動は13年であった。太宰には「東京八景」という作品があるが、これは「『東京八景』という小説を書こうとしましたが書けませんでした」といった内容で、冒頭も投げ遣りで、東京の詳細などは全くと言って良いほど語られていない。しかしこれは、ただ単に投げ遣りなのではなく、「自分では東京が描けない」ということを言おうとしているのではないであろうか。「津軽」の結末には「嫌われたっていい」という台詞が出て来るが、これは「太宰が兄弟の末端である」という事実そのものである自分があってこそ、風景が成り立って描写出来るということを表している。「富嶽百景」にしても、「富士には月見草がよく似合う」の場合の月見草とは、太宰自身なのである。東京には太宰の身寄りがいないので、東京の風景を描写することは出来なかったのである。そして、その「描写出来ない」ということによって、東京の幅広さ、奥行きの計り知れなさを描写しようとしたのではないであろうか。
今日、太宰にゆかりのある地として、青森と甲府と三鷹が挙げられている。3つ挙がるということは、太宰の作品には郷土性があるとも言えるであろうが、3つも挙がってしまって、なおかつ地域が一定していないことを考慮すると、逆に郷土性がないとも言えるのではないであろうか。三鷹という地などは、東京ではあるが東京の端で、「駄目な自分」という太宰の客観的感覚がよく演出されると考えられなくもない。太宰には明らかに多くの仲間が存在したが、それらと同列にいることは出来なかったし、「駄目な自分でも周囲と繋がりがある」というスタンスでしか、彼は風景を描写出来なかったのである。これが、彼自身が風景を成しているという所以である。
「相撲」という作品に、「自分をつまみ出せるような強い兄が欲しい」という記述がある。この文の「兄」の部分を、色々と変えてみると面白い。例えば「東京」とした場合はどうであろうか。太宰は東京に、自分をつまみ出す位の強さを持って欲しかったのかもしれない。

2時限目:穂村弘「平成・東京・短歌」
内容:和田昌孝の「ひらけゆく都の大路闇もなしいつも月夜のここちのみして」という短歌は、ガス灯による灯りの素晴らしさを詠んだものであるが、数十年経った現代では「ああ闇はここにしかないコンビニのペットボトルの棚の隙間に」という短歌が詠まれるようになっている。和田の短歌の後、北原白秋や俵万智の短歌には、経済の成長による喜びが詠み込まれるが、加藤治郎や仙波龍英、天野和子らは渋谷のパルコを墓碑に見立てたり、都庁への動く歩道は地の果てへの道のようだと詠んでいる。高橋みよ江は、無駄にライトアップされた東京タワーを火照った棘だと詠んでいる上に、天道なおはもう、東京タワーがいつ、知らぬ間に焦げていてもおかしくはないというビジョンさえ抱いている。塚本邦雄の「酸素自動販売機」は現実のものとなり、茶を商品として販売し始めた頃の衝撃を上回っている。子供の名前も、「おきぬ」や「おくら」などとは付けないのである。ただ元気に生き延びて欲しい、ただ明るくて素直な子になってほしいというささやかで清らかであった希望は無尽蔵に膨らんで、世界のスターを目指すような、突拍子も無い当て字の塊のような名前が増えている。もしかしたら私たちは、雨の中を傘も差さずに裸足で迎えに出たり、ストローで飲むべき紙パックのジュースを直接飲んだり、餃子を食べる際にラー油が無ければ無いで構わないような、野蛮さから来る人間味を、心の底では求めているのかもしれない。

3時限目:町田康「中原中也の東京」
内容:中也は何をやらせても出来ない人で、言葉のみで世界と繋がっていた。そして、外の世界を一旦否定してみて、残ったものが純良だとも考えていた。故に、友人とはよく議論をしたが、友人は否定されるために存在していたようなものであって、結果として周りに人がいなくなっていく。中也の詩の世界には反応が必要で、人が傍にいないと詩の世界が進展しないのに、人と一緒にいることは難しいという、難儀な人であった。
中也には出世欲がかなりあったようであるが、無論、普通の人が出来ることが出来ないのであるから、出世する訳が無い。だが、中也に限ったことではないが、才能のある人というのは故郷で尊敬されない。何故なら、成長する前の未熟な段階を見ているからである。誰だって、子どもの時は子どもなのだが。
中也は一時期、ダダイズムに被れたりもしているが、彼の一番素晴らしかった点は、松の絵には鶴を描くべきであるし、梅には鶯を描くのが普通でありベストであるが、それを壊して、梅に雀を描くような、画期的な詩を作ったことである。例えば、朝というものは清々しく描写されるべきであるし、実際に清々しいが、中也は朝を気だるく描写した。
posted by ミア at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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